2025/08/02
『いちごのミラクルール』が生んだ物語
こんにちは宗澤です。
7月27日に日ノ出町シャノアールで開催した「Acoustic Style 2025」は無事終わりました。笑いあり涙ありの中、歌で綴られた数時間、素晴らしい内容でした。参加された生徒さんにも、おいで頂いた観客の皆様も、この場を借りてお礼申し上げます。
そんなライブの中、「スペシャル企画」としてアニソン『いちごのミラクルール』をインストラクターたちで歌わせて頂きました。しかも作曲者ご本人の吉野ユウヤさんの演奏で...
永年この仕事をしていると、時々びっくりするような奇跡とか偶然に遭遇する事があるのですが、ここに至る物語もそんなひとつではないかと思います。
いまから16年前、2009年10月の事です。
日テレ読売系で『夢色パティシエール』というアニメ作品が放映されました。スイーツに鋭敏な感覚を持つ主人公の女の子がパティシエを目指すというお話です。
この番組のエンディングテーマとして選ばれたのが「いちごのミラクルール」でした。作曲者の名前は吉野ユウヤ。今でこそ作曲家としてもアレンジャーとしてもプレイヤーとしても大忙しですが、当時は音大を卒業したばかりのミュージシャンでした。
ヨッシー...僕は彼の事をそう呼んでいます...最初にヨッシーと出会ったのは2007年4月22日の事でした。スクール定期ライブ「Spring Live 2007」のキーボードサポートをお願いしたのです。会場は北久里浜の『リバーブサウンド』でした。

教室(今もそうですが)定期的にバンド演奏によるスクールライブを行っています。そんな中で安定してサポートして頂けるキーボードプレイヤーを探していたのです。紹介してくれたのドラマーの佐藤トゥールさんでした。
そして本番。身長193cmの長身から全身で繰り出すピアノプレイはダイナミックで情熱的で若々しくて、しかも多ジャンルに対応してプレイできる。たちまち我々は彼のピアノプレイの虜となったのです。
それから2年後、『いちごのミラクルール』が電波に乗って流れたのです。僕もそれを録画して聞いてみました。
これ、いま聴いても素敵なアニソンだと思います。まとまり具合が半端ない。メロディーラインもいいですが、歌詞の韻の踏み方もナイスですね。我々はヨッシーの持っている音楽の幅の広さのようなものに大変驚いたのでした。
アニメ『夢色パティシエール』は当時の子供たちに大人気の番組となりました。当時6歳で保育園の年長さんだった『まみちゃん』も番組にハマった一人でした。「クラスの全員がみていた」そうです。もう「社会現象」だったんですね。まみちゃんは親御さんにCDまで買ってもらい、それをガッツリ聞き込んで、保育園の行き帰りでも歌っていたそうです。そんな中で「ウタウコト」に目覚めたまみちゃん、将来は歌手になろうと決意したのでした。
さて、それから15~6年の月日が経ちました。
音楽専門学校を出て、昨年から当校で働いてくれる事になった”まみ先生”。
スクールライブにスタッフとして参加した時、リーフレットにあったサポート・ミュージシャンの紹介文を読んで驚きました。そこには『吉野ユウヤ [pf.]、作曲家としてはアニメ”夢色パティシエール”の”いちごのミラクルール”等...』と書いてあったのです。
驚いたまみ先生はヨッシーにその話をしました。ヨッシーも驚き、そして感動しました。それはスタッフ一同も一緒。長年積み重ねてきた色々なものが、報われるような感覚だったのです。

「人生のきっかけとなった曲、それを作曲者本人の伴奏で歌う事ができたら、どんなに素晴らしいだろう」。そう考えたのは当然です。それが今回の「スペシャル企画」だったのです。
ピアノサポートは吉野ユウヤ、先生方がバックコーラス、わきこ先生はコーラスにプラスしてバイオリンを演奏してくれました。


作曲家にとって、こんな素晴らしい話はないと思います。自分の作品が人の人生を作り出すきっかけになったのですから。
まみ先生にとってもそれは一緒。自分がこの世界に踏み出すきっかけになった曲を作曲者の演奏で歌えるなんて機会なんてそうあるものじゃないです。
そしてそれはスクールにとっても一緒です。永年ヨッシーとのミュージシャン・シップを大切にしてきた中で、今なおこうしてサポートをお願いできている事を奇跡だと思っていたのですが、そんな中で思いもかけないご縁が繋がった事は、驚きを超え感動で胸が一杯でした。
『バタフライエフェクト』って言葉がありますよね。音楽との出会もそうだと思います。ちょっとした事から始まって、あっという間にそれが深まったり広がったりする。時にはそれがその人の人生を定めてしまう事もある。僕もそんな結果ここにいて、この記事を書いています。
ですから、なおさらそれを実感することができるのです。